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最後は「意思」の「継続」という問題である(2001/05/06)

(なお、以下での「勉強」は、いわゆる資格試験や受験等のペーパーテストに受かるためのものであり、研究のための勉強ではないことを付記しておきます。研究、実験のための勉強方法論とペーパーテストのための勉強方法論は、私は全く異質なものであると考えております)

 最近、勉強法の本やインターネットのホームページの文章を読むことが多い。そのほとんどは程度の差はあれ、だいたい同じことを書いている。私のHPとて、別段、新しい主張でないこともわかった。
 多くは、
 
1 「時間よりも密度」
2 「暗記と理解の両方が大事」
3 「基本重視」
4 「繰り返すこと」
5 「自分に合った勉強法」

 が共通する原則でした。
 勉強法の具体的な差異は、これらの原則を実現するための細部の方法論の違いだけでした。それは例えば、私の提唱する基本書主義であったり、LECで言うところの本質的理解重視であったり、クレアールの石井講師の言う非常識勉強法(暗記重視型)であったりするだけのことなのです。だいたいが、「暗記と理解」のバランスの問題でした。もっともこの「暗記」と「理解」は相反する事項ではなく、ともにほぼ同じ意味、または、暗記の一形態として理解が含まれると考えれば、どうやって暗記すべきか、というさらに細部の方法論の違いに過ぎないことがわかります。
 そのような細部の差異はあるとしても、最終的には、上に述べたいくつかの原則は、普遍的な法則として認識されているようです。そして、その原則が大切であることは、多くの学習者がわかっているようです。
 しかし、実際に、上記5原則をしっかりと守っている人は少ないようです。
  なぜでしょうか?
 それは、勉強の効果がすぐに現れないからだと思います。そして勉強は繰り返さないと自然に実力が落ちるからだと思います。
 勉強のすぐあとに誰度も実力が伸びるのが実感できたなら、誰だって勉強を続けるでしょう。実力がついた後、落ちないのなら、いったん習得した部分を二度と見ることはないでしょう。
 この点について行動分析学は、かなり明快な分析をしていると思いましたが、残念ながらそれを実践する手法を明確に提供できていないという致命的な欠陥がありました。(この問題については、またいずれ触れたいと思います。)
 では、この効果がすぐに現れない勉強を続けるためにはどうすればいいでしょうか?
私は「意思」の力しかないと思います。
えらく抽象的ですが、この意思(あるいは精神力)があれば、正しく自分を見つめ、自分に合った勉強法を実践し、基礎力を重視し、理解と暗記のバランスを上手にとり(あるいは試行錯誤で見つけ出し)、それを密度濃く繰り返すことができるのだと思います。
 そりゃそうだけどそんな抽象的な「意思」なんてもので結論するのは納得いかない、という方もいるでしょう。もっと何か違うエッセンスがあるのではないか、と。そうかもしれません。しかし、私には、最後には「意思(精神力)」しか、ないと思うのです。魔法はないのです。
 したがって、意思の弱い方は上記の勉強法ができないでしょう。また、意思の強い方は上記の勉強法ができるでしょう。もちろん、個人個人よって勉強能力の違いがありますし、会計士試験は相対試験ですから、必ずしも、上記原則を守らなくても試験に合格できるでしょうし、守っても合格できない場合もあるでしょう。しかし、一般的には、妥当するものと考えます。
 こう書くと、とっても突き放した言い方だとは思いますが、現実はそうであるように思います。
 結局は、上記の原則を「徹底」する「意思」を「継続」できるか否か、にかかっているわけです。

もう皆、原則はわかっています。今度はそれを「徹底」して「継続」する方法論を探らねばなりません。

 ここでちょっと横道にそれますが、私は、勉強とダイエットですごい似ていると思うのです。どちらもすぐには効果が現れない、しかし、継続すれば必ず効果があり、その継続のためにはあきらめねばならないものがあり、明確な原則はあるが、細部での方法論は百花総攬であり、そして多くの人が挫折するもの、という点で・・・。
 さて、この意思の継続の方法論を明確に提供できれば、何もいうことはないのですが、世の中うまくできていて、なかなかスパッと答えはでないようです。ただ、私が感じるひとつの方法があります。
 それは・・・
 
 「徹底して自分をみつめる」
 または
 「徹底して自分を追い詰める」
 
 ことです。
 
 ああ、結局、これに落ち着くわけですな・・・。

 本当にあなたは公認会計士になりたいのか。なぜか。それを徹底的に考え抜くことです。
 そして、人はどこから来てどこへ行くのか、そんな哲学チックなこともじっくりと考えつつ、自分と「正直」に対話する。ここであなたは醜い自分と遭遇するでしょうが、そこはじっとこらえてそのまま受け入れ、人間の業の深さをしんみりと感じ入る・・・。こうしたことが、「意思」の「継続」の「力」に「結果的に」つながっていくのではないかと思う、きょうこのごろです。
 ところが、これはなかなかうまくいかないのです。自分と対話することはものすごく大変なことなので、どこかで妥協してしまいます。そんなあなたには、「徹底して自分を追い詰める」ことをお勧めしておきましょう。
 インターネットで勉強記録を公表して自分を追い詰めるって!?笑わせるんじゃありません、匿名でそんなもん公表して追い詰められるはずがないのは自明のことです。実名で写真付!?だって都合が悪くなればいつでも消せるでしょ、ネットは。手段として適切ではありません。ネットはせいぜいたまった欲求不満を爆発させるのに活用できるぐらいです。
 私はというと、詳しくはかけませんが、自分と対話したことはもちろん、それはやはり不十分なものだったので、そのうえに、いろんな手で自分で自分を追い詰めました。天才でもない、普通のバルカン親父ができるのは、そんなもんです。
 うーん、なぜ原則はわかっているのに多くの人はできないか、を考えていたらこんな文章になってしまいました。全体として整理できていませんが、何か感じていただけたら幸いです。


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