すでに失われた日本のベルエポックを、外国人の目を通して描いています。
気をつけたいのは、著者が強調しているように、これは普遍的な「日本」論、「日本人」論ではないということです。19世紀(江戸末〜明治中期)の、特定の時代の日本を摘出しているのです。
さらには、当然あるに違いないダークサイドにはあえてふれず、良き面を中心に描いています。これも著者が強調しているところで、「何々について触れていない!」………共感とともに、私たちも共感し、おもわず涙がこぼれそうになります。しかし、近代化の成功と引き換えにそれは失わざるを得なかったということで、胸がつまる思いがします。
このレビュアーはお薦め度を5としています。
この本を読んで、百数十年前の日本の認識ががらりと変わりました。
著者は江戸末期から明治初期に来日した外国人識者の目から、当時の日本人にとってはあたりまえすぎて記録にならなかった庶民の生活の息づかいを浮き彫りにしています。
幸福そうな笑顔、陽気でよく笑う、礼儀正しく親切、おおらかな性、子どもが大切にされている、動物との共生、仕事や生活そのものを楽しむ。こうしたことが、ある一部の地域や階層のみのことで………ます。
文庫としてはかなりボリュームがありますが、証言集みたいなものですから、章ごとに「」部分を拾い読みしていくだけでも要点はつかめます。
常識を覆す良書です。
このレビュアーはお薦め度を5としています。
この本は明治以降の近代化以前の日本社会を、幕末から明治初期にかけて日本を訪れた西洋人の観察記録=文化人類学の検討を通じて、日本社会像に深刻な修正を迫る本となっています。
江戸文明とか徳川文明という日本の伝統的生活様式を生き生きと描いています。「素朴で絵のように美しい国」(上高地など近代登山の開拓者ウェストン)「かつて人の手によって乱されたことにない天外の美」「この小さな社会の、一見してわかる人づき………」(オリファント)。
こうした描写の日本社会が、苛斂誅求の厳しいとされていた江戸時代の社会像を、日本の歴史像を再構成することを迫っているように私には思えます。
このレビュアーはお薦め度を5としています。
いまこの本を読むと、幕末から明治にかけての日本を訪れた西洋人の目に映った日本人の姿が、かつて自分が旅したインドやネパールで触れたアジアの民の姿とだぶって見えてきてしかたがなかった。空間を移動することで初めて知った驚きが、実は時間軸をずらせば、自分の祖先がすでに体現していた文明のある一面でもあったことを知った驚き。しかもそれはすでに近代とともに滅び去った文明の姿でもある。生きるとは何か。歴史とは何か。民族とは何か。読んでいて随所で笑い、また目頭を熱くする思いを禁じえなかった。長く記憶に残る書物である。
このレビュアーはお薦め度を5としています。
まず、本書が思い入れたっぷりな懐古趣味や、実現方法の
裏づけのない単なる復古趣味に陥ってない点は十分強調して
おかねばならない。
何度も著者が断っているように、きちんと現在を語ろうと思
えば、そこへ至る過程で連なってきた事や捨て去り、滅び去
ったことどもを、冷静に見据えましょうということだ。
但し、原因→結果というイメージではなく、もっと微視的
で脆い感じだ。それを著者は「文化」と表現する。
本………是非読んでほしい一冊である。
「石原都知事絶賛!」という紹介の仕方は、杞憂かもしれな
いが、妙な先入観を与えるので本書にとっては必ずしも良い
とは思わないです。
このレビュアーはお薦め度を5としています。
この書評の本は・・・・・ 逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)